小話「ある夜の再会」ある城とある麗しの騎士静寂。騎士は窓際で月を眺めていた。仕事の為に客人としてこの城に立ち寄り、3日ほど滞在する予定だったが、どうやら早くも賊が入ったようだ。しかし最初に知らせを聞いてからどれくらい経ったろうか、まだこちらに伝令ひとつ寄越さない。兵士も大した錬度ではなさそうだった。被害が広がる前に自分で始末する方が早いだろうが、小国の領主に恩を売ったところでこちらに大した益があるわけでもない。半開きになっている窓のすき間から、冷たい風が吹き込んでいる。騎士は小さくため息をつきながら、窓を閉めた。すると突然、背後で扉が勢いよく開け放たれた。騎士は驚くそぶりも見せず、半身だけ振り返り、肩から扉の方を見やった。「…様!お伝えいたします!すでに20名近くの兵が…うっ!」言い終わる前に、伝令と思われる兵士は扉の向こうの暗がりへ引きずり込まれた。短いうめき声のあと、再び静寂が戻って来る。少しの間をおいて、灰色の衣を纏った男が現れた。騎士はそれでも微動だにしない。賊と思しき男はその場でためらいもなくフードを外した。が、未だ顔の下半分は黒い布で隠されたままだ。見覚えのある銀色の髪、そして意外にも彼は明るい調子で彼に話しかけた。「よう、久しぶりだな、ねーちゃん。俺のこと、覚えてるかい?今から俺と一曲踊ってくれねえかな。」騎士は男の顔を見て少しだけ微笑んだ。長く伸ばした黒髪と肩に隠れ、男にその表情は気取られない。騎士はそこでようやく男の方へ振り返り、言った。「いいや。記憶力には自信があるが、礼を欠いた賊一匹の名まで覚える必要はあるまい。それに私と踊る相手はただ一人と決めているのでね」おわり