むかしむかし あるところに いっぴきの 小さなけものが いました。ネコくらいの大きさで空の色がすけるトンボのうすい羽と、頭には2本のつの、体は真っ赤で、空をとぶとてもふしぎな生き物でした。 そのけものは自分のことを「カーエデール卿」と呼んでいました。卿は言葉をしゃべり 世界中をとびまわって、いろいろな人たちと話をしました。 この世界には、人間、エルフ、鳥人、獣人、ドラゴン、吸血鬼、かいぞうされた生物…いろいろな生き物がいました。卿はいつも不思議に思うことがありました。 「どうして皆いっしょに生きてるのに、仲良くしないんだろう?」 ふしぎなけものである卿にとってはそれが自分以上にふしぎでなりませんでした。 ラース帝国にいくと、きっちりした制服に身をつつむ人間たちがいました。きれいな衣装に卿はうっとりしました。帝国をふよふよと飛んでいると、お城の高いところにある窓際に、ひとりさみしそうな人間がいました。 「こんにちは」 卿が声をかけると、驚いた様子で目を真ん丸に開きました。そしてゆっくりとその人間は卿の姿を頭のてっぺんからしっぽの先まで見つめ、 「…あ、あなたは?」 と話しました。少年の姿をしていましたが、声は少しばかり高く、卿もふしぎそうにその人間を見つめました。 「吾輩はカーエデール卿。貴殿は?」「…この帝国の皇帝だ」目線をはずし、そうつぶやいた彼は皇帝というにはあまりにも幼いように思えました。そして、あまり幸せそうに見えませんでした。「皇帝?ならなぜそんなに寂しそうな顔をしているの?…この国は吾輩が見た中でも一番栄えてるというのに」卿の言葉に彼はフフッと笑い、また目に憂いを浮かべた様子で卿に向かいました。「…さあ、どうしてだろうね。卿に…話しても何も変わりはしないだろう」 カーエデール卿はむかむかしましたが、それよりも彼の寂しい顔が心配になりました。この素敵な帝国でも一番偉い人がこんなに寂しそうにする理由、なにかあるのだろうか。 卿は心の中にもやもやがあふれていきました。同じ人間が暮らすこの帝国の中でも、皆が仲良く暮らしているわけではない。そう見えたのです。 (同じ姿でいるのに、この人間の心はひとりなのかな。) 卿は皇帝の寂しさを少しだけ感じて、頭を下げ、そっと窓際から飛び立ちました。 姿かたちだけの問題じゃないんだと思いながら、もっとふしぎな姿の卿は心のどこかで吾輩の本当の居場所はどこだろうと、またもやもやと考え込んでしまいます。 夜になり、月明かりが世界中を照らし始めます。キラキラと静かに海面に照り返す月光が、カーエデール卿は好きでした。ぼんやりと海辺でその様子を見ていると、ズズズ…と大きな影が卿に覆いかぶさってきました。なんだろうと横を向くと、すぐ隣にそれは大きな船が岸に上陸していたのです。その船は立派ではありましたが、よく見ると船底はいたんで、すこしおんぼろな船でした。 卿はふわっと飛び上がり、船上にだれかいないか様子を見に行きました。すると、大の字に倒れている男が二人。甲板にいるのが見えました。 あわてて卿は近寄って声をかけます。 「だいじょうぶ?ねえ、…だいじょうぶ??」 卿の声を聞いて、小さく唸る青年。月光に照らされた髪は金色の少しのびた短髪で、肌は褐色に焼けている…身なりから若い船長のようでした。もう一人は首輪をして、髪の毛が半分だけ白くて半分は黒い変わった髪型の青年のようです。卿はどうしたらいいかあわてていると、枯れた声が聞こえました。 「み、…みず…」 「ミミズ?」 その言葉に脱力しながらも、のどの渇きを訴える彼の姿にやっと気づいた卿は、近くにあった農家から水を拝借して彼の前にビンを差し出します。船長はビンをとり、一口毒見をしてすぐに隣で倒れているもう一人の青年の口に、ビンをあてました。 「ほら、水、もってきてくれたぞ」 一口、一口とゆっくりと水が流れ、のどが動くのが見えて卿も船長もホッとして顔を見合わせました。そして少なくなったビンの残りを船長が飲み、水面に光る月光のようにキラキラと目を輝かせ、すぐにニッコリと笑いました。 「ありがとう、赤いの!なかなか島に到着できなくってな…やっぱ海は甘くねえや」 「よかったね。…あの、あの人はだいじょうぶ?」 赤いのと呼ばれ、卿はきょとんとしたが、彼はあまり卿を見て驚く様子はないようでした。あたたかな笑顔に心がほっこりとしました。 「大丈夫だ、問題ない。あいつはそんなヤワな男じゃないぜ。…まあ水がなくなったときはさすがに焦ったんだけどな」 「海に水があるのに?」 卿がそういうと、船長はハハハと笑い出します。 「あんなの飲んだらのどが焼ける!ま、ちょっと準備不足だったみたいだ」 準備不足という言葉に卿は疑問に思いました。普通の漁師さんならきっと航海の想定はしているんじゃないのか、それに水が尽きるほど長く船を出すことは少ないんじゃないだろうか。卿はそう思ったのです。 「船長さん…は、漁師さんじゃないの?」 「?ああ、わかるか。…俺たちは、そうだな…―――」 「おい、…そんなよくわかんねーいきもんに言う必要ねえだろ」 後ろから突然声がして、卿はびくりとしました。さっき倒れていた青年が起き上がってきたのでした。 「お、ヴラド。もう大丈夫か」 「ったく…んだよ、だからあのルートやめとけっつったんじゃねーか」 少し怖そうな人間でしたが、船長が嬉しそうに話しているのでそこまで悪い人間でもないのだろうと卿は思いました。 「あーそうだっけ。まあこうして助かったんだし!そうそう、この赤いのが俺たちに水、持ってきてくれたんだぞ。よくわかんねーいきもんとは失礼じゃないか」 「アンタもその羽虫、赤いのっつってんだろ。それは失礼とはいわねーの?」 「はむし…」 卿は(やっぱりこの人怖い)と思いました。 「ごめん、恩人さん。ほんとに助かったよ。俺はジェイド。君は?」 すっと手を出して握手を求めているようでした。船長の手に卿はちいさな手を伸ばし、握手をすると、にっこりと笑っていいました。 「吾輩はカーエデール卿だよ」