(闘技場に放り込まれたヴラドは死線を潜り抜け大人たちをだまし討ち殺しながらなんとか生き抜いてゆきます。そして戦い始めてから六日目、彼にあてがわれた相手は…というストーリーです。)―「かてっこないぞ、こんなの」遠のく意識を確かめるように、ヴラドはつぶやいた。肩からひじまでをざっくりと切り裂かれ、だらりと垂れさがった左腕を血がつたい始める。もうじきじりじりと焼けるように痛みだすだろう。それからまるで心臓がそっちにうごいていったみたいにどくどくと傷口に脈をうちはじめる。さっきからもうみたびも弾き飛ばされている、ぐらぐらとそれでも力をふりしぼって壁をつたって立ち上がる。何かふんだと思ったら、土踏まずに自分の歯が浅くささっていた。「いてて…」普通のこどもではありえないことだが、ヴラドはここ何日間かのうちに恐怖も痛みも人を殺める感触も押し殺すすべを身につけ、早くも慣れすら感じ始めていた。しかし今回の相手はいままでのごろつきや「ヤクヅケ」などとは相手が違いすぎた。だまし討ちや身軽さなど通じる相手じゃない。初めてみる獅子の獣人。自分の腕が五本集まっても足りないくらい太い腕をもち、研ぎ澄まされぎらぎらと光るツメとキバ。黒くて大きな鼻はぬらぬらとしめっている。幼いヴラドの顔くらいすっぽりとおさまってしまうような大きな口。自分のもつ錆びたナイフなど彼の毛一本ほども切れないだろう。こんな奴に正面からにらまれたら大人でもびくついて逃げ出してしまうにちがいない。雄叫びを浴びるだけでなにかに突き飛ばされたみたいだ。でもひとつ気になっていることがある。試合が始まった時からすでに彼は何かに苦しみ悶えているのだ。今はよだれをまき散らしながら、白目をむいておそろしい唸り声をあげ、片手で首元をおさえている。今思えばかれは初めから自分のことなど気にかけちゃいないようだった。毛むくじゃらで丸太のようなその首からは時々ちらりと黒く光るものがみえた。こんなに強くてりっぱなやつでも奴隷になるんだな。ヴラドはぼんやりとそんなことを考えていた。何か弱点はないか。すると突然ぐにゃりと視界が歪み、突然地面が目の前に迫ってきた。自分が倒れたのに気付くのに少し時間がかかった。血を流し過ぎたのだ。視界がぼやける。すると突然、金色の長い髪の…女のひとだろうか。とにかく人らしき影が目の前にするりと現れた。こちらに背を向けて、じっと獅子の獣人の方を向いている。ごろつきが言ってたいた「おむかえ」ってやつかな。その割には腰にとても細くて短い刀を二本も差してある。そしてその人影はつと倒れこむように駆け出したかと思うとふわりと浮いて獣人の肩に器用に着地した。金色の髪だけがうねうねとゆらめき、それはまるで空中を舞う蛇のように見えた。金色の蛇は獣人の首に巻き付いて、真っ赤な花が咲かせる。そこでヴラドの視界は途切れた。