(騎士は破られた窓の外を見やる、青い海がどこまでも広がっていた。すると視界の端に、羽の生えた赤色に見える人間、のような姿のなにかが人を抱えて飛んでいくのがぼんやり見えた気がした。幻など柄でもない、だがまさか殴られて頭をやられてしまったのかとなどと考えたが、やがて首を横に振って踵を返し、立ち去った…。)それから数日後。ヴラドと赤い妖精カーエデール卿は森の中にいた。大木に縛り上げられた数人の男たちを見下ろしている。男らは口から血の泡を飛ばしながらなにやら口々に喚いている。「Uradukag ikabasonirom in aramasik!!」「Adnnanonominan azaw ihserariznnik onareraw ah ianizamonimak!!」「うるっせーな。それにしてもなんだな、人間がいるんじゃねーか。何がミカイノトチ~だよ」「元々ここに住んでいる人たちだね。いきなり襲ってくるなんて驚いたけど」ヴラドは男らに背を向けて、剥ぎ取った革鎧や装備の類を選別しはじめた。「ま、こいつら色々装備やら持ってたし、こっちは都合がよかったけどな…なぁ!」つと立ち上がったヴラドはそのまま振り向きざま男たちのうち一人の顔に勢いよく回し蹴りを食らわせた。顎が砕け、瞼も裂けた。噎せた男の口からはボタボタと血と歯が滴り落ち、くぐもった悲痛な呻き声が洩れる。「結構頑丈だな。おーい、足が汚れたぜ?おら、拭けよ。こっちは腕がなくてよ」うなだれる男の胸を蹴り上げて押さえつけ、今度は顔面を踏みつぶそうと足を上げた。すると、「だめ!!もうじゅうぶんだよ!死んじゃうって」見かねた卿が半死半生の男の前に短い両手を広げて立ちふさがった。「ああ?こっちはいきなり射かけられるわ斬りつけられるわ、もしやられてりゃあケツに串突っ込まれて丸焼きにして食われるところだったんだぞ!ハエネズミくんよ~」妖精ごと男の顔面をぐりぐりと踏みつける。後ろの男はもがもがと苦しんでいる。「あうあう…でもダメだって~、ほら!でもこうして吾輩が事前に察知できたわけだし!いたたた」「くぬっくぬっ!どけコラ!ここで殺らねぇとまた……ハァ、くそ」しばしの格闘ののち、ヴラドはしぶしぶ足をどけ、木の根に腹立たしげに座り込んだ。妖精が男から離れると、丁度背中を押し付けられていた男の顔の傷は卿の羽から漏れ出す魔力によって治癒され跡形もなく無くなっていた。「Awu! Akazawim on imak!」「何言ってるか全然わからん!殺すぞ!」「どうどう。吾輩を神様だと思ってるみたいだね、すごく感動してるみたいだよ」「わかるのかこいつらの言葉」「言葉はわからないけど、言葉を発する前に心が読み取れるからね。かなり信仰心のつよい部族だよ、それにヴラド君、この森の出身なの?」「俺が?言葉も知らねーのにそんなわけねーだろ。…にしても、それで襲ってくんのがわかったってのか?そりゃあ便利だな。ついでに森の事も探ったりできねえか。例の黒猫とか言う奴の居場所とか…お、これもうめえな!」話しながらヴラドは森の住民の再び装備の選別を始めていて、使えそうなものをいくつか身につけていく。そして時々、なにかを口にしては喜んでいる。「それは一時の気持ちじゃなく長期の記憶だからねー。大体この人が知ってるかはわからないし…全員の記憶を確かめるのには少し時間がかかるよ。ねえヴラド君、あっ…」それまで男の方を見ていた卿が振り返ると、すっかり森の狩人の「てい」になっているヴラドがいた。相変わらず上半身は裸のようだが、たすき掛けに革のポーチ付きのベルトをし、破れかぶれになっていた浅葱色のズボンも、ぶかぶかな茶色の見るからに丈夫そうなものに変わっていた。足首の部分を革の帯で縛り上げ、腰には自分のククリナイフのほかに何やら鈍色の鉱石で作られた手斧を提げた。仕上げに深い緑色のマントを失くした腕の肩から羽織る。肌の見える部分には余すことなく刺青が彫られているためか、傍目には完全に妖しげな森の部族そのものだった。「おれはこいつらの持ってた残りのモノを捨ててくる。それについては文句はナシだ。その間に頼むわ」「…あぁうん!わかった…仕方ないね。というか凄くにあうね。そんでもって慣れてるね。へぇぇ~…」卿はすっかり感心して見とれてしまっている。「闘技場にいたころは強制支給があったしな。それに捕虜の捨て方とかこういう外で使う小物の扱いは船長が…それはもういいんだよ、頼んだぞ。ああそれとな」話しながら余った不必要な荷物を手早くまとめていく。「うん?なに」はっとした卿が返事をした。「俺の記憶はもう見たのか?なら…」「いや、見てないよ!ど、どうしたの?」「いや、ならいいんだ。忘れろ」「うん…」ヴラドがその場を離れると、卿は男らの方へ向き直った。どことなく暗い面持ちだ。それも然り、卿はすでにヴラドの心へ潜ったことがあったからだ。そして卿はそれを強く後悔していた。あれほどのものを見るのは知識や教養は遥か人並み以上の卿とはいえまだ生まれて間もない者には恐怖が大きすぎた。それはヴラドが城を脱出した直後のことだった。後半につづく。あとがき。会話回。闘技場脱出編をかいてる時におもいついたおはなしです。新章、マインドダイバーカーエデール!!(ださい)森編からのヴラド君の衣装、もしかしたら描いてくれたりとかあるんですかね~先生様方…チラッチラッ