「どこへ行くつもりですかな?」そびえたつ巨大な石門。旅人たちの間では、この闘技場はいわば緑の残る荒野から砂漠を区切る目印になっていた。どこまでも続くような荒涼たる荒野と死の砂漠を繋ぐ巨大な石造りの門の下で、ラガルトは去りゆかんとする少年を制止した。少年は馬を連れている。旅人にしては荷物が少ない鞍の脇には、一目でわかるくらい大きな本が結わえられていた。そして鞍の背には血と泥にまみれたヴラドがだらりと横たえられていた。気を失っている。少年は立ち止まって振り返った。制止された馬がふしゅる、と顔を振る。馬が揺れたせいか、横たえられたヴラドの顔から、乾いた黄色い土の上に血がボタボタと滴り落ちた。「なにか問題でも?私は急いでいるんだ。正当な代金は支払ったはずです。この人は僕のものです」少年は焦っていたが努めて淡々と答えた。声色は少年のそれだが、その声の奥にラガルトは森の奥の湖のような静けさと昏さを感じ取っていた。「あの代金はオオカミ一匹の値段にしては少々奇天烈な額だ…何か後ろめたいことでもおありなのですか?『あなた方』には」「先ほども言いましたが正当な金額ですよ、仰る通りこれは『我々』の責任です、しかしあなたのあずかり知るところではない」「残念ながらその門を出るまではここは私の城だ!秘密を教えて頂きましょうか」ラガルトの背後から屈強そうな傭兵たちがぞろぞろと出てくる。グリモワールと呼ばれた少年は小さくため息をつき、羽織っていた茶色い外套から片腕を出してつぶやいた。「あまり欲を出すと身を亡ぼすぞ、下等な鬼畜ども」『また』闘技場にいた者どものように眼を閃光呪文で潰すのは容易いが、追ってこられてもつまらない。適当な数の敵を消し炭にできる呪詛を適当に選び出して唱えようとした瞬間、背後から吹いた黒い突風が真横を通り過ぎた。そしてそのままラガルトの後ろに立っていた傭兵に組み付き、まるで調理されたチキンを齧るがごとく顔を食い破った。余りの事態に悲鳴も上がらない。傭兵たちが声を上げるまでに、死体から奪った剣で素早くラガルトの片腕を切断した。驚き呻き声を上げてひざまずくラガルトだったが、取り囲みとりあえず剣を抜いたが生唾を飲みこむ傭兵たちは身動き一つとれずにいた。(あの傷であれだけの束縛かけてなんで動けるんだ?まさか最初から人間じゃなかったんじゃないだろうな?どうしよう、この場はまた気絶させて連れて逃げるしかないか…)少年が考えを巡らせている間に、ヴラドはひざまずくラガルトの首めがけて剣を振りあげたが、大量に血を噴き出した。首輪からは黒い蒸気のようなものが立ち上り、いたるところから真っ黒な血液がとめどなく溢れ出している。それでもなおよろめき唸り声をあげて剣を振りあげようとする。「ウぅ…ごボっ、ころ、ごロズ…あに、きノ」剣を振り下ろす前に、少年の指先から迸った稲妻がヴラドの首を撃った。白目を剥いて昏倒する。傭兵たちが一斉に振り返った。「主人が死ぬぞ、早く失せろ犬ども」威圧の呪詛を唱えながらじりじりと間を詰める少年は、衛兵たちの眼には今や巨大な悪鬼として映っていた。慌てた傭兵たちはラガルトを背負って闘技場へぞろぞろと消えていく。少年は念動力で倒れていたヴラドを持ち上げて乱暴に鞍へドサリと戻すと、荒野へと消えていった…あとがき:時間ないけど走り書きでもいいのでどうしても続きを書きたかったので端折りに端折って強引に(雑にともいう)終わらしました。おれはまだ走るぜ!この果てしないヴラド坂をよ…!