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追憶1 ~おまじない~ 「あらまあ。そんな顔して帰って来るなんて、また学院でからかわれたのね。」 俯き加減の少年は太陽の翳りを背中に感じつつ、とぼとぼと覚束ない足取りで家路へと歩を進めていた。 ハンドメイドの素朴な装飾の施された木の門扉に手を掛けた時、声を掛けられ足を止める。 ささやかながらも可憐な花で彩られた中庭からだった。 「あなたは男の子なんだからもっとしっかりなさい、そんなんじゃ将来好きな子ができた時に笑われちゃうわよ。」 その声音には、呆れながらも幼い我が子に向けられた慈愛に満ちた温かみがこもっている。 少年は眉尻を下げた頼りなげな表情のまま、ゆっくりと顔を上げて母を見つめる。 少年の名はオルキャットと言った。 淡い水色がかった銀髪に、光を受けると琥珀がかった輝きを放つ不思議な茶色い瞳をしていた。 今はその子供特有の大きな瞳はうっすら潤んでいる。 彼の母はエルフらしくほっそりとした長身の女性だった。長く豊かな髪を頭の後ろでゆったりとした三つ編みでひとまとめにしていた。 彼女はそんな我が子の様子に苦笑しつつ、膝を折り、ぼんやりと立ち尽くした息子と目線を合わせる。 額に手を伸ばし、髪を優しく梳いてやる。 少年は黙ったまま、されるがままになっていた。 彼女には少年の浮かない表情の理由について、察しがついているようだった。 「また、クラスメイトの子に”人間”が突然街に現れて子供を攫う、なんて脅かされたんでしょう?」 それまで沈黙を守っていた少年が「その」言葉を聞いた途端、はっと強張った表情で見つめ返す。 「そんな作り話を信じてどうするの? あなたがあまりに怖がるものだから、みんな面白がってしまうのだわ」 諭すように続ける母の言葉を遮り、少年は悲痛な叫びを上げた。 「そんなことない!だって現に父さんは王様の命令で”境界”の外へ見張りに行っているじゃないかっ!! 僕知ってるんだから!」 「オルキャット・・」 「母さん誤魔化さないで!父さんは今じゃ島にいる時間より外にいる時間の方が長いじゃないっ みんなそう言ってる。そう言ってるんだよ!」 「オルキャットやめてちょうだい・・」 言いようもなく募る不安を激情と共に吐き出した少年は、最後の母の苦しげな声で俄かに我に返る。 彼は少年たちの中でも取り立てて何かに優れた素質を未だ見せてはいなかったが、 9歳という幼い年齢の割には他者を思いやる心を生来持ち合わせている方だった。 「あ・・ごめんなさい、母さん・・ ・・僕ひどいこと言っちゃった・・」 痛みに耐えるような表情と共に、瞼を閉じてしまった母の肩はかすかに震えていた。 少年は思い出す。 夕暮れ時、まだ床に届かない脚をぶらぶらさせながらテーブルについて、 母が夕餉の準備をしている様子を眺めていた時のことを。 母の背中は、父が居ない時いつも淋しそうだったのだ。 2人分の食器に特製のシチューをよそい、テーブルの方へ振り返ったときには いつもの柔らかい笑顔がそこには常にあったのだけれども。 少年は頼りにしている母の肩が、思っていたよりもずっと華奢で 自分の前では気丈に振舞っているのだとおぼろげ乍ら気づいてしまった。 胸が痛かった。 母の肩に触れてぎゅっと指に力を籠める。 「ごめん、母さん 父さんはきっともうすぐ帰って来るところなんだよね」 母は息子を抱き寄せると、額をこつんと合わせた。 「そうね。お父さんは帰って来るわよ。私も早く会いたいわ。 オルキャットもそうでしょう?」 「うん 父さんに会いたい。」 母は目を細めて柔らかく微笑んだ。 「じゃあ、早く帰ってくるおまじないしようか」 「うん!」 少年の幼い顔にようやく子供らしい笑みが浮かんだ。 「お母さんがおまじないをかけてあげる。 いいって言うまで動かずにじっとしてるのよ?オルキャット。」 「はーい!」 「ふふっ」 少年は母のかけてくれる”魔法”の力を受け止めようとするかのように そっと瞼を閉じた。 母は素直な息子の様子に破顔しつつ、息子の前髪の一房を白いほっそりした指で器用に編み込んでいく。 「おしまいよ。もう目を開けてもいいわ」 少年はそれを聞くと、一度パチクリと瞬きをしてから大きな目を開いた。 自身の前髪に施された細い三つ編みに手を触れる。 中庭にある小さな泉まで小走りで駆け寄り、水面を覗き込む。 様子を眺めていた母は、振り返った少年のはにかんだ笑顔につられて笑みを深める。 「母さん!これすごくかっこいい!!」 「お父さんが帰って来るまで毎日編み込んであげる」 「わーい!やったぁ!!ありがとう! 父さんにも早く見せてあげたいなぁ!かっこいいって言ってくれるよね!」 「ふふ。 さあ、もう日も暮れてしまうから中に入りましょう? オルキャットの好きなウサギ肉のシチューができているわ。 今日は学院でどんなことを習ったのかお母さんに聞かせてちょうだい」 「うん!あのね・・」 親子は夕日を背に、手を繋いで木の扉を開いて小さな我が家へと入って行った。 これが在りし日の母との思い出だと、後年のオルキャットは妻に語った。 三つ編みを編むとき、自分は目を閉じているふりをして、母の白い指が優しく髪に触れるのを見ていたのだとも。 妻は「いくつになってもあなたは変わらないわね」と言いながら、 口振りとは裏腹に優しいしぐさで夫の三つ編みに触れた。 その表情は窓からそそぐ朝の光のまばゆさで判然とはしなかったが、 柔らかいものだとオルキャットには分かった。 ~あとがき~ 三つ編みの由来 →母が怖がりだった幼いオルキャットに「お父さんが早く自分たちのところに戻って来られるおまじない」と言って 編んでくれたのが始まり。 母はオルキャ10歳の時に流行り病で亡くなる(入手が難しい薬草さえ手に入れば特効薬が作れるはずだったが、父は 王命を帯びて遠隔地へ任務に赴いていたため、伝書鳩による伝言を受け、戻ろうとするも間に合わず) 以後は、母を偲んで毎朝自ら編み込んでいる。
――闘技場でヴラドを待っていたのは、割れんばかりの歓声と茹だるほどの熱気、そして通常の試合ではありえない数の「対戦相手たち」だった。土埃の舞う地面には、少なくとも百人近くの敵がすでに各々の得物を抜いて立っており、ヴラドへあらん限りの殺気を投げかけていた。うんざりして上を見上げると、青空が妙に近くに見えた。陽の光に目を細める。 この残虐な舞台は全て、ヴラドの飼い主であり稀代の大商人、ラガルト=ホーキンスが用意したものである。ヴラドの「兄弟たち」を、皆殺しにして。 ラガルトは特等の貴賓席に招待された飢えた好き者の諸国貴族や富豪らの前に立ち、まるまると実った葡萄をひとつ、つまみあげて言った。 「仲間をひとり残らず食べられてひとりぼっちになったかわいそうな灰色オオカミは、これから自分で積み上げる死体の山の上でその血に溺れながら死ぬでしょう。来賓の皆様方に謎かけです。死体の山の死体の数は幾つかな?」 ぽいと口に頬張った葡萄を咀嚼しながら、ラガルトは手を打つ。 運び込まれていた大きな銀の杯に、ラガルトは足元にあった金貨の詰まった袋を投げ入れた。どしゃん、と派手な音を立てて杯が揺れる。 「さてさて皆様方、果たして奴が何人殺れるか、賭けをなさいませんか。ええ、ええ。皆さまが怪訝に思われるお気持ちは重々承知しております、この只ならぬ人数差は馬鹿馬鹿しく思えるでしょうが、それは皆様方があまりやつのことを存じ上げぬがゆえにございます。やつはあまり表舞台へは上がっていないだけで、私の集めた闘犬の中でも最強の手練れなのです!…私がかつて愛した「金色の蛇」を凌ぐほどにね。並の雑魚では到底かないません」 ラガルトはわざとらしいため息をつく。 「ですが私の悪い癖がここにも出てきてね。少々飽きが来てしまったのですよ。悲しいかないつの世でも、人の時代は変わらなくてはならないのです。しかしただ処分するのは勿体無くて。そこでこの刺激的なイベントを思いついたのです。はたから見ればただの私刑でしかありませんが…くく、あの犬はそう簡単には死にませんよ!さあさあ、懐をもっと重くして帰りませんか!ともあれ皆様方、この素晴らしい舞台をともに楽しめることは、私の無上の幸せに御座います!どうか、血沸き肉躍る戦いをお楽しみください!」 貴族らに歓声と笑い声が沸き起こる。杯が金貨であふれるまで、そう時間はかからないだろう。 ラガルトはくるりと振り返り、高く通る声を張り上げた。すかさず彼に付いていた下女がひざまずき何かを小さく呟くと、彼の高く通る声はさらに増幅され客席の隅々にまで響きわたった。 『【闘士ヴラドの首を掲げた者に、莫大な賞金を、自由な身分を、最高の栄誉を】』 これが剣奴たちに布告された試合の勝者への褒美である。 富への欲望、栄誉への熱望。自由への渇望。様々な望みをかけた者たちが、この舞台に押し寄せてきていた。歴戦の剣奴から痩せこけた亡国の農夫までもが。 最高の舞台が用意できたはずだった。しかし、当のヴラドがあまりに冷静に見えるのが気に喰わない。捨て鉢を犯すのは趣味ではなかった。 気に喰わないが、あいつがただ殺されることもないだろう。遥か下にいるウラドを睨め付け、ローブを大げさに翻し背を向け、自身も席に着く。 「まあいい。始めろ」 ウラドは処刑開始の合図をただ待っていた。構えもしない。表情もさして変わらない。 ラガルトの所有する軍団が「金色の蛇」と手下の剣奴、果ては取り巻きのチンピラまで皆殺しにしたのも、ヴラド一人を殺さずに残したのも、全て「飼い主」の指図であることをヴラドは薄々と理解はしていた。だが理由がわからなかった。自分たちが何をした?期待に応えるべく命がけで戦い、血を流し、飼い主たちに富をもたらした。なのになぜ。残り勝てる見込みのない試合に逃げようともせずにいたのは諦めでも意地でもなく、どうすればよいかわからなかったからだ。今まで持ったことのないはずの感情。しかし腹の底にはどす黒いものが確かに湧き上がってきている。これは何なんだ。俺にどうしろというんだ。飼い主は自分を見捨てたのか?ルカ…兄は死んでしまった。自分を慕ってきたあいつらももういない。身内を一人残らず一気に奪われたウラドは衝撃の大きさと自身の感情にまだついてゆけずにいた。自分の感情を識る術を教える大人は、彼らの周りにはいなかった。 その時、視線をぼんやり泳がせていたウラドは確かに見た。遥か向こうの金持ちどもの座る席で、見覚えのある輝きを。 飼い主が振り返った時に翻ったローブのすき間から、陽光を腰に差された「それ」が反射した。それは紛れもなく兄の、ルカの短刀だった。 その瞬間、確信した。認めるしかなかった。飼い主に理由などなかった。これは遊びだ。からかわれているのだ。面白がっているのだ。おもちゃの人形に飽きた子供がその四肢を捥ぐ様に。 渦巻いていたものがウラドの頭の中で音を立てて決壊した。思わず頭を抱える。声にならない呻きが漏れる。 体が震える。初めて味わう真っ黒な「怒り」が、のように身体を広がっていく。 故郷を奪われた頃の記憶がないヴラドだったが、家族を奪われるのはこれで二度目だった。ヴラドの体に長い間とぐろを巻いていた怪物が、深く刻まれじくじくと溜めこまれた憎悪がようやく解き放たれ、殺戮を求めていた。 「かえせ、おれたちを、おれたちのすべてを、かえせ…」 ヴラドは絶叫した。得物も構えずに、開始の合図を無視して敵の只中へと突進した。 ―――二十六、二十七、二十八。脚に、腹へ、首を。 応えるかのように、雄叫びとともに突進してくる剣奴たち。躱して、いなして、斬る。止まっている暇は一瞬たりともない。視界に現れるモノを片っ端から殺しまくった。思考は既に消え失せ、今までせき止められていた激情が体中をのたうち回りヴラドの四肢を突き動かした。しかし正気を失いながらも、その動作は恐ろしい程に正確だった。次々に振りおろされる武器の切っ先をくぐりながら、鎧のすき間を瞬間で見定め、そこへ刀身を叩き込み、哀れな獲物を糞袋へと変えてゆく。まだだ。まだ殺す! 兜の中の眼を潰し、喉を潰し、躱し損ねれば首輪で受け止め、両手がふさがれば首の肉に喰らいついて噛み千切る。容赦は一切なかった、自分にできる最短の時間で敵の命を終わらせる。 およそ六十人を斬殺する頃、敵の大半は尻ごみを始めていた。慎重になり始めたのか、周りを取り囲みながらじりじりと間を詰めてくる。それと同時にヴラドは徐々に冷静さを取り戻し始めていた。息も上がってきている。始めに殺した敵から奪った血塗れの剣をその場に捨てて、そばにあった死体を蹴りよけ、転がり出る自分の血に染まることのなかった剣を拾いあげる。浴び続けた夥しい量の返り血で、顔と身体は真っ黒に染まっていた。その時、自分の黒い首輪がゆっくり熱を帯び始めていたことに、ヴラドはまだ気付けないでいた。 闘技場の丸くくりぬかれた空からはぎらつく太陽の光が剣奴たちの背を焦がし、揺らめく彼らの影を繋いで黒い波のようにうねらせている。
そこはまるで牢獄のような、最底辺に位置する剣奴の部屋。ひどく高い位置に設けられた格子窓からは日の光が差し込んでいて、宙に舞う砂埃を照らしている。その先の日の当たる場所に、二人の少年はいる。ヴラドは粗末な藁の寝床の脇に座って、かつて「金色の蛇」と呼ばれ、栄光のすべてを手にしていた闘士の亡骸を見下ろしている。ヴラドはゆっくりと彼の身体の下へ手を差し込み、そっと抱きかかえた。 ――「いまをもって、俺とおまえは兄弟だ。なあ、こんなくだらねえことでお前は死ぬな。ひとりでも生き延びろ。安心しろよ、俺が死んでこの体が腐り果ててクソ以下の存在になっても、地獄の底からお前を見ててやる。お前を愛してる。絶対に忘れるなよ。俺を、忘れないでいてくれ」 これがルカの最期の言葉である。 生まれて十数年、食事と人殺し以外に使ったことのなかった生傷だらけの両腕に、初めて抱く人間。それは枯れ枝のように痩せこつれ、たった今自分の兄となった人間の亡骸。強く抱きしめると、ぽきりとどこかの骨が折れる音がした。しばらくの間をおいて、ヴラドは彼をゆっくりと床におろした。闘技場へ向かおう。次の試合がいつも通りの熱気と狂気をもって始められるだろう。今回ばかりは処刑という方が正しいかもしれない。 「もういいのかよ?ありゃ、死んじまったか」 ドアの前で見張りをさせられていた太ったごろつきが話しかけてきた。 部屋を覗き込んで大きな溜息をつく。 「しっかし金色の蛇ともあろう闘士がこんなみじめな最期だとはなァ…ラガルト様もむごいお方よ。しかしヴラド、お前もこれからどうすんだ。試合に出たところで無駄死にするだけだぞ。なあ、おれの知り合いの連れにジャックって逃がし屋がいる。今からでも遅くはねえ!そいつに頼んで…」 ウラドは何も答えず、ごろつきの肩を二度叩いてその場を立ち去り、闘技場へと向かった。 「行っちまいやがった。…ルカ坊よぉ、お前の弟も直ぐにそっちへ行っちまうかもしれんぜ」 「…かれは試合に出るのですね」 「ああ…ん?…うわぁ!」 太った男は大仰に驚いて尻餅をついた。いつの間にか背後に眼帯をした少年が立っていたからである。 見た目はまだ10歳程で、どうやってここまで入り込んだのか見当もつかない。 少年はヴラドの去った方向へすたすたと歩きだ出し、男の脇を通り過ぎる。 「全くどこのボンボンだ!ここはガキの入っていい場所じゃあねえぞ!くらぁ!」 男が振り返って怒鳴った時には、少年の姿は煙の如く消えていた。
まぁ9割方の理由は先に書いたお話の通り、シ・ゲルをはじめとしたエルフへの恨みだと思う。 でも元々エルフって魔法に長けた種族のはず。 であれば、神を召還したりするアーティファクト(秘宝)もあったりするんじゃないか?と。 だからこそ、シ・ゲルが召還とか企めたわけだし。 (もっとも、召還しようとした神自身に酷い目にあわされたわけだが・・呼ぼうとしたのがアレじゃぁなぁw) で、召還ができるって事は逆に封じる事もできるわけで、そういう秘宝とかあるんだろうね。 それもあるからシ・ゲルは神を使役できると思ったんだろう。 で、恐らくその封じるアーティファクトがコアみたいにあって、島のあちこちにパワーの源や制御装置のような アーティファクトのある遺跡があるんだろうね。 六芳星みたいに6つとか。 元々、魔術的には五芳星が有名だけど、五芳星は”神の使いの力”(つまり天使とか)といわれてる。これはひっくり返すと悪魔召還とか堕天につながるから。 で六芳星はひっくり返しても同じなので”神自身の力”といわれてる。だから6つあるんじゃないか。と。 で、コア的なのがエルフ島にあって邪神を封じてたのなら・・・・ そりゃあの神様の一部(のデガラシ)であるマシューとすれば、放っとくわけにはいかない。己(とか本体とか)が封じられてるんだから。 それが残りの1割じゃないかな? つーことで、エルフ島を狙ってるんだと思う。
(特務隊の戦闘スタイルとかお仕事とかの雰囲気小説です。例の後編はまた今度…) 「馬鹿なことを…」 ジルキオは嘆息する。槍を向け自分を取り囲む私兵達と勝ち誇った表情で兵をけしかける男を、片目を眇めて眺める。敵意なきことを示すために剣を預けたため全くの丸腰で、これ以上ないほどの危機的状況だというのにまるで他人事のような態度ですらあった。 「犬を始末して、その先はどうするおつもりです?仮に私を殺せてもて、露見するのに一日とかからないでしょう。その先のことはお考えになっていますか、パーヴァス卿…」 言葉に嘘は一つもない。既にパーヴァス卿は翻意ありと中央から目をつけられているのだ。革命に不満を持つ前体制派の一派である彼のきな臭い動向を危険視して内密に逮捕命令が下されたが、反乱を実行に移す前ということもあり表向きは調査同行依頼のためと称して接触した。しかし話し合いもそこそこにこの有様である。政敵の重要人物ながらこの軽はずみな行動には呆れて憐憫の念すら湧く。馬脚を現すにしても考え無しにも程があった。 「命乞いと交渉はもっとうまくやるべきだったな黒犬…!残飯漁りが似合いの貧民が身の丈に合わぬことをするからだ」 優位を確信してるがゆえの同情めいた傲慢さが言葉の端々に臭う。先帝の庇護に甘んじてプライドだけ肥え太らせた男の肥大しきった慢心に、ジルキオの涼しい面差しに不快の色が過ぎる。 「命乞い…それをするべきは貴方でしょうに」 先代の特務隊隊長が死亡し跡を継いだばかりの、齢もまだ30に遠いジルキオは先代の威を借る若輩者と軽視される向きが強く、こうして舐められることもままあった。組織の頭が変わっても、公爵の猟犬たる特務隊の鼻も牙も鈍らないということを知らない者はあまりに多い。 「これは警告です卿よ。与えられた機会は有効にお使いなさい。もう一度だけ、お願い申し上げます。我々特務隊に『ご協力』を。貴方にしか語れぬことがございますので」 無数の切っ先を向けられてなお全く動じず、辛抱強い静かな口ぶりで説得を繰り返す。戦わずに済むならそれに越したことはない。だがそんな姿勢を虚勢ととったか弱腰と見たか、パーヴァス・ハクスリー爵は嬲り殺しを夢想するかの如き表情で、蛇が舌を鳴らすような嘲笑を歯列から漏らしてはっきりと首を振った。 「貴様らに語る言葉など持ち合わせてはおらんわ、盗人公爵の犬め!」 「…そうですか、残念です」 その一言が結ばれるよりも早く、ほとんど無防備にすら見えたジルキオの手が目にも止まらぬ速さで突きつけられた槍の柄を捕らえて兵の一人を引き倒し、倒れ込んできたその兵の腹に石突きを叩き込む。返す手でもう一人の腕を掴んで捻り上げて足を払い、瞬く間に膝をつかせると腰に下げられた片手剣を奪って手早く喉をなで斬りにした。 二人が地に伏せるまでの間になんとか動揺から立ち返って次の一手を警戒する他の兵たちから距離を取り、油断のない目で間合いを計る。包囲したまま攻めあぐねている兵が六名、さらに広間に詰めているものもめいめい得物を取りじりじりと距離を詰めてくる。今は二十人ばかりだがすぐに増援が駆けつけるだろう。 突然の反攻に泡を食ってパーヴァスが広間の勝手口側からまろぶように逃げ出していくのと同時に、控えさせていた部下二人が交渉決裂を察知して正面扉から突入してくる。 「ボス、無事ですか!?」 「手間取りすぎだエヴァレット、剣を!クローディア!パーヴァス卿を捕えろ、生かしてだ!」 「了解です」 簡潔に一声返事を残して、栗色の髪をひとつに結った細身の女がパーヴァスを追ってゆく。鳥のように身軽で猫のように音もなく駆け抜ける彼女は、その魔術の才でジルキオの命令と期待を裏切ったことはなかった。今度も間違いなくそうなるだろう。 同時に部屋に飛び込んできたもう一人の青年が右手に血に濡れた剣を引っさげ、左手にひと振りの優雅な長剣を抱えて駆け寄ってくる。彼は新手の登場に矛先を変えた兵たち数人を無造作に薙ぎ払いながら人使いの荒い隊長に抗議した。 「これでも急いだんですよー、全力で!」 ジルキオはどことなく間延びした部下の青年の言葉を無視して、粗悪な片手剣を投げ捨てると自身の手に馴染んだ鋭いレイピアを受け取る。 「下はどうなっている」 「とりあえず押さえました、軍から借りた連中と一緒に封鎖にあたっています」 「申し分ない、あとは彼らの相手をするだけだ」 広間には特務隊隊長の実力を目の当たりしても戦意を失わない兵が踏みとどまり、それどころか騒ぎを聞きつけて駆けつけてくる者でその数は増えてゆく。 形勢は相変わらず人数で劣る特務隊が不利に思われたが、ジルキオは切っ先を下げるようにレイピアを構え、兵たちの次の動きを余裕の佇まいで待った。エヴァレットは使い込まれた剣をやや高く構え、隊長の一手と敵の顔色を伺っていた。その表情には場違いな愉快そうな色が微かに滲む。焦れるような睨み合いの拮抗はすぐに崩れた。 一人の兵が間合いの優位を確信して果敢に繰り出した槍をジルキオは半身を捻って躱し、左手の甲で柄を押しのけて相手の懐に躍り込む。その大きな一歩の踏み込みで一瞬のうちに不利な間合いを踏み越え、勢いのままにレイピアを相手の胸へと突き入れた。よく手入れされた刃は容易く肉を貫き、鈍い感触を腕へと伝える。びくんと痙攣して崩れ落ちた肉体を蹴り飛ばして剣を引き抜き、さらに手近なもう一人も片付けた。 全体の連携が取れておらず、重大な局面で冷静さを失っている兵たちの動きを見て、実戦経験なしと判断する。近年大きな戦もなく、革命派の一方的な粛清と貴族私有の騎士団解体が断行され、兵力の国軍一極集中体制へと再編成されたことで、中央の新体制派と地方へ飛ばされた旧体制派との間の力関係は急速に天秤を傾けつつあった。その影響が如実に現れた嘆かわしいほどの練度。もう何人か始末して脅せば戦意を挫けるだろうと読む。 無謀にも突っかかってくる者の斬撃は真っ向から受け止めず、細身の刀身で羽で触れるように軽く受け流す。相手の隙を誘い、無駄な手数は一切挟まず、確実に急所を貫き、それでもまだ立ち上がろうと足掻く者の背を念入りに軍靴で踏みにじる。できるだけ残虐に見せ、揺さ振りをかけて動揺を生み、一気に心を折る。このような無慈悲な行いを容易くやってのけるためにしばしば死の前兆と忌み嫌われる黒犬になぞらえられる冷酷な男は、しかし、ほとんど美しいといっても良いほどの剣筋を誇っていた。 今また左足を引いて上体を逸らし攻撃を避ける、その危ういバランスを保つために上がる左手の指先から、狂い無くレイピアを振るう右手、次の一歩へ淀みなく繋がる足さばきに至るまで、まるで一曲の音楽のように心地よい緊張感に満ち自然な連なりを描く。修練と実戦の中で何度も繰り返し磨き上げた楽章に相手を引き込み、自分の独壇場で流れるように殺戮する。たった二人に対して束になってかかっても傷一つ負わせられないどころか仲間が次々と倒れていく事実に、さすがに数で勝る兵たちにも動揺の色が見え始める。 「隊長、そろそろじゃないですかね」 「ああ、頃合か」 ざっくばらんだが柔軟で機敏な剣筋で補佐していたエヴァレットも形勢が傾いたのを感じたのかジルキオに声をかける。適切な読みに頷き返してやりながら一旦切っ先を下ろしてぴんと背筋を伸ばすと、きっぱりとした蒼い目で生き残っている兵たちを眺め渡した。 「これが最後通告です、投降しなさい。今ここで武器を捨て我々に帰順したものの命は保証しましょう」 「死にたくないでしょ、うちの隊長、殺るときは殺るよ」 エヴァレットも剣を担いで相槌を打つ。 何かを成すのに、誰よりも早く行動するのは難しいことだが、誰かが言い出さねばならない。しかし誰も剣を捨てようとはしない。兵同士はお互いの顔色を伺い、互いの圧力に動けずにいた。 とその時、ほかよりも立派な制服の男が一団から躍り出ると、剣を腹の辺りで構え、死に物狂いで突進してきた。 「公爵の犬に売る魂などありはしないぞ!!」 凶暴な感情に男の表情は歪み、ぎらぎらとした目と無感情な蒼い瞳の視線が交錯する。だが勝負は一瞬だった。ジルキオは猪突猛進な一撃をあくまで冷静に、闘牛士のようにひらりと躱して手首を返し柄頭で顎を強打した。頭を突き抜けた強烈な衝撃に膝から崩れ落ちた男の肩に間髪入れずにレイピアを突きたて、叩きつけるように床に押し倒す。呆然と大の字に転がり口から血を流す男の投げ出された腕を踏みつけ傲然と立ちふさがると、ジルキオは燃えるような氷の目で男の愕然とした顔を見下ろした。 「…貴方が兵隊長殿ですね?貴方の可愛い部下たちにひとこと、命を大事にするよう伝えて頂けませんか?」 肩から豊かな黒髪が流れ落ち、ジルキオの冷たい表情をぞっとするような色に翳らせる。慇懃な言葉を紡ぐ薄く控えめな口元だけ妙に女じみた形をしていたが、それは優しさを連想させることはなく、むしろ底冷えした端正な面差しを一層恐ろしげに見せていた。 床に伸びた兵隊長は悔しげに唇を噛んでジルキオを睨みつけたが、肩に突き立てられた剣をぐいと押し込まれてうめき声をあげ、憎々しげな表情を隠そうともせず、砕かれた顎を難儀して動かしてやっとのことで投降を命じた。 「みな、武器を捨てて、犬野郎にしたがえ」 兵たちは顔を見合わせたが、苦々しい顔で次々に武器を足元に投げ捨て、その場に膝をついて投降の意思を示した。 それを見届けるとジルキオは兵隊長の肩から無造作に剣を引き抜いて足をのける。思わず見とれてしまうような優しげな作り笑いが彼の鋭い目尻に張り付いた。 「勇敢なご判断とご協力に感謝致しますよ、兵隊長殿」 完全な敗北を悟って抵抗を一切やめた兵隊長と投降した兵たちをエヴァレットに任せ、ジルキオはパーヴァス卿追跡に放ったクローディアを追いかける。広間を出て廊下を抜け、足早に階下へと向かうと、クローディアが階段を下りきったすぐ近くで凛とした背を見せて佇んでいた。その足元に目をやれば芋虫のように転がされたパーヴァス卿の姿もあった。単純だが有用な捕縛魔術で拘束されていることをひと目で見てとって、大股で近づく。 「クローディア、ご苦労。随分静かだが、塞いだのか?」 「ええ、女性の前で口を開かせるには少々躾がなっていませんでしたので」 ジルキオにも劣らぬ冷淡な声に煩わしげな忌々しさを漂わせて彼女は柳眉を顰めた。捕縛して拘束する間、口汚い女性蔑視論にでも付き合わされたのだろう。気の毒なことだ、と転がされたパーヴァス卿に視線をやる。クローディアは気に食わない相手に優しくするほど淑やかな性質ではなかった。 「まったく、困りますね、パーヴァス卿、貴方のご立派なご両親の品位まで疑われるような振る舞いは」 クローディアに合図して沈黙の魔術を解かせると、パーヴァス卿は顔を真っ赤にして押し込められていた罵倒を撒き散らした。 「その父を殺したのは貴様だろう犬め!あの成り上がりのエセ公爵の靴を舐めて尻尾を振ったんだろう!いいや、振ったのは尻尾だけじゃなさそうだなメス犬が!その上女に権力を与えるなど惰弱で恥知らずな!何処の馬の骨ともしれない貴様のような乞食がのさばるようでは帝国は御終いだ!」 四肢を折り曲げて縛り上げられた体をよじって一息にまくし立てるパーヴァス卿を、ジルキオは顔色一つ変えずに見下ろす。そばで小さく「下衆が」と吐き捨てて戒めの魔術をきつく締め上げるクローディアを手で制して片膝をつき、拘束の痛みに呻き声をあげながらもまだ何か飛び切りの侮蔑を必死に考えているのであろうパーヴァス卿の憤怒の形相を覗き込んだ。 「そうですね、貴方の知っている帝国はもう御終いです。ここから先は、私たちの帝国となる。貴方の言葉など、もう我々に届きはしないのですよ、パーヴァス卿」 革命勃発より5年。先帝の遠戚に連なる、前時代の有力貴族の復権の要とも言える男がついに執政派の猟犬に追い詰められた瞬間であった。
(闘技場に放り込まれたヴラドは死線を潜り抜け大人たちをだまし討ち殺しながらなんとか生き抜いてゆきます。そして戦い始めてから六日目、彼にあてがわれた相手は…というストーリーです。) ―「かてっこないぞ、こんなの」 遠のく意識を確かめるように、ヴラドはつぶやいた。肩からひじまでをざっくりと切り裂かれ、だらりと垂れさがった左腕を血がつたい始める。もうじきじりじりと焼けるように痛みだすだろう。それからまるで心臓がそっちにうごいていったみたいにどくどくと傷口に脈をうちはじめる。 さっきからもうみたびも弾き飛ばされている、ぐらぐらとそれでも力をふりしぼって壁をつたって立ち上がる。何かふんだと思ったら、土踏まずに自分の歯が浅くささっていた。 「いてて…」 普通のこどもではありえないことだが、ヴラドはここ何日間かのうちに恐怖も痛みも人を殺める感触も押し殺すすべを身につけ、早くも慣れすら感じ始めていた。しかし今回の相手はいままでのごろつきや「ヤクヅケ」などとは相手が違いすぎた。だまし討ちや身軽さなど通じる相手じゃない。 初めてみる獅子の獣人。自分の腕が五本集まっても足りないくらい太い腕をもち、研ぎ澄まされぎらぎらと光るツメとキバ。黒くて大きな鼻はぬらぬらとしめっている。幼いヴラドの顔くらいすっぽりとおさまってしまうような大きな口。自分のもつ錆びたナイフなど彼の毛一本ほども切れないだろう。こんな奴に正面からにらまれたら大人でもびくついて逃げ出してしまうにちがいない。雄叫びを浴びるだけでなにかに突き飛ばされたみたいだ。 でもひとつ気になっていることがある。試合が始まった時からすでに彼は何かに苦しみ悶えているのだ。今はよだれをまき散らしながら、白目をむいておそろしい唸り声をあげ、片手で首元をおさえている。 今思えばかれは初めから自分のことなど気にかけちゃいないようだった。毛むくじゃらで丸太のようなその首からは時々ちらりと黒く光るものがみえた。 こんなに強くてりっぱなやつでも奴隷になるんだな。ヴラドはぼんやりとそんなことを考えていた。何か弱点はないか。すると突然ぐにゃりと視界が歪み、突然地面が目の前に迫ってきた。自分が倒れたのに気付くのに少し時間がかかった。血を流し過ぎたのだ。 視界がぼやける。 すると突然、金色の長い髪の…女のひとだろうか。とにかく人らしき影が目の前にするりと現れた。こちらに背を向けて、じっと獅子の獣人の方を向いている。ごろつきが言ってたいた「おむかえ」ってやつかな。その割には腰にとても細くて短い刀を二本も差してある。そしてその人影はつと倒れこむように駆け出したかと思うとふわりと浮いて獣人の肩に器用に着地した。 金色の髪だけがうねうねとゆらめき、それはまるで空中を舞う蛇のように見えた。金色の蛇は獣人の首に巻き付いて、真っ赤な花が咲かせる。そこでヴラドの視界は途切れた。
12歳のヴラドが闘技場で獅子の獣人に殺されかけているのを救った少年。(別項参照)気まぐれで雇い主の富豪に頼んで盛り上げ名目で自らの乱入を許可させ、さらには自軍に引き入れた。 長く腰まで伸ばした美しい金髪と青い瞳、浅黒い肌が特徴的。剣士としての実力も抜きん出ており、腰に差した二本の短刀で曲芸のように攻撃をいなしながら素早く相手に組みつき首を裂く。見目の美しさをおぞましく際立てるその残忍な戦いぶりに闘技場の人気は確固たるものだった。 奴隷には少ない常に明るく飄々とした性格で、常に彼のまわりには他の奴隷が集まってくるが、一切それを拒むそぶりを見せることはなかった。しかしひとたび試合になれば相手には一切の容赦がなく、眉一つ動かす事なく首をはね剣を突き立てる。その実力と人望の厚さには雇い主も一目置いており、スターとして実子並の待遇を受けてもいた。 ヴラドのことを自分の弟の様に可愛がり、彼に生き残る術を教え、ヴラドにとって友以上に師であり兄のような存在でもあった。ヴラドが才能を開花させ肩を並べるまでになると、2人は闘技場の花形として名を上げ、数年の間彼らは闘士としての名誉を欲しいままにしたという。 しかしその幸せも突然に終わる。 ヴラドが17になったころに彼の存在に飽きて疎ましく思った雇い主が、彼を慕っていた取り巻きの闘士を全員殺害し、彼自身にも毒を射たのである。重い病に伏し、死に向かう直前にヴラドと兄弟としての血の契りを交わして、彼はその20年の短い生涯を閉じた。毒に犯され痩せ細ったその亡骸はまるで枯れ草の様だったという。 (設定としてはジェイド船長が彼の生き写しというもので、ヴラドがジェイド船長にこだわる理由の一つです。ヴラド君、思春期においては割とまともな青春送ってます。その辺もおいおい創作できたらなと思います…)
-------------------------------------------------------------- 時間を戻そう。 若きマシューの辛酸な過去とは別れて。 遠い日に失った大事なものと・・・・ -------------------------------------------------------------- 闇が嗤う。 マシュー「ふん・・・大方他の連中の悪巧みだろう。精々ノーデンスといった所か」 そうつぶやきながらも書類仕事を止める手は休めない。 マシュー「真面目に聞け?は。貴様が真面目だったことがあるのか?私も貴様の 一部なのだぞ?筒抜けだ」 苦笑するようなそんな気配を漂わす闇 マシュー「ふん・・こっちも仕事に追われる身でな。このままでよかろう。 だいたい同じ者なのだ。つぶやきさえしなくても考えはわかるだろうが」 顔を少しだけ後ろに振り返り、言うマシュー。 マシュー「なに?手を止めろと?つぶやくのをやめてこちらを見ろと?ならば仰天するような 事象でも現出させてみせろ。小鳥に吊り下げられた鯨とかな」 困ったような・・そんな雰囲気を漂わせる闇 マシュー「ああ、あの男なら自ら出向く。忘れはせんよ。シ・ゲルが相手であればな。 せっかく封印して永久の苦痛を味あわせてやろうと思ったものを。 余計なことをしおって。ノーデンスめが」 闇の表情?表情があれば。だが。明るくなったようにも思える。 マシュー「大体、封印の効果はあるのだ。私もお前もそんなに力はない。かって シ・ゲルに復讐したときのような力はな。 盛大に使ったからな・・・おかげでその後は殆ど以前の人の身と代わらん。 かといって封印を退ける程度の余力はあるがな。 だからこそ私に話を振ってきたのだろう?」 うなづくような気配が広がる マシュー「であったとしても。だ。念話で済ませるのはどうかな?手を抜きすぎだぞ? 少しは口を開いたらどうだ?」 突然。 声が広がる。 妖艶な・・・女の声だ。 少女ではない・・・どこか妖艶で・・どこか闇の香りを漂わせた・・・・・ 女の声「つれないねぇ・・・・ボクと君の中じゃないか。相思相愛。思いは通じてるってね」 そうだ。かって死の淵でマシューが聞いた声。 あれからどれだけの月日が流れたか・・・ にもかかわらず何の変わりもない、妖艶で、どこか人を嘲笑う女の声だ。 マシュー「ふん。互いに邪神の片割れで何が相思相愛だ。横着しているだけだろう?」 女の声「で、向かってくれるんだよね?」 マシュー「ああ。明日にも向かおう。なぁにあの程度の男なら私一人で十分だ」 大仰に・・・芝居がかった調子で続ける女の声。 女の声「それはそれは。戦果を期待しているよ。うふふふふ・・・」 マシュー「どうせ、そこにも悪巧みをしてるんだろう?私を巻き込むなよ。邪神の片割れ どうしで同士討ちなんてごめんだ」 女の声「あははは。せいぜい気をつけるよ。まぁ君も気をつけるんだね」 ふん・・・クソ面白くもない。そうも言いたげにマシューは言葉を返した。 マシュー「どの口からそんな言葉がでるのか。まぁ、千の無貌じゃ口があるのかないのかも わからないか」 女の声「こういうのを座布団一枚っていうのかな?面白い冗談だよ」 マシュー「ふ・・・お前にこういうのもどうかと思うがな。同じ片割れとして。だが片割れまで 罠にはめるなよ。千の無謀。這い寄る混沌。いや・・・」 急に空間に赤い火がともる。 まるで目のように・・・ だが、その中央にも立ち上るような赤い光。 声のしていた場所の方に。 マシュー「燃える三眼。ナイアルラトホテップ」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーFIN--------------
-------------------------------------------------------------- シ・ゲルの顔に焦りが浮かぶ。 シ・ゲル「なんだと・・・もう3階層目を抜けただと・・・?一体何者なんだ!? この迷宮はそう簡単に抜けられぬはずだ!」 水晶球を見ながら言うシ・ゲル。 レーダーのようなものなのだろうか? そんなシ・ゲルに背後から声をかける者があった。 「ふ・・・下らん。あの程度の雑魚でこの私を止められると思ったか?」 思わずその声に振り返り・・・その顔をみて仰天するシ・ゲル。 シ・ゲル「なにや・・・な・・・き、貴様・・・生きて・・・!?」 冷たい眼のまま、表情さえ変えずに言い放つマシュー。 マシュー「私が生きていては都合の悪いことでもあったのか?申し訳ないが、君には 返さなければならない借りがある。おちおちあの世で寝ているわけにもいかん」 当然だ。己が手で屠ったと思う相手が目の前にたっているのだ。焦りか・・恐怖か・・ 思わず呪文を唱えるシ・ゲル。 シ・ゲル「ふ・・・ふん・・そ、それがどうしたというのだ!劣等種族めが!」 そういうと呪文を解き放つシ・ゲル。 呪文の閃光が収まったその先には・・・ マシュー「やれやれ。この程度か。この程度であれば結界を張るまでもない。 児戯ではなく少しは真面目にやってはどうだ?」 むしろ呪文ではなく呪文で巻き上り、服についた埃を払うようにするマシュー。 シ・ゲル「馬鹿な・・・外呪ではないとはいえ・・高位の破壊呪文を・・・・き、貴様! どうやって呪文を防いだ!?それになぜここにいる?貴様は死んだのでは なかったのか!?」 さすがに魔法を防御されては慌てざるをえない。 魔法においては他の種族を大きく引き離すのがエルフなのだから。 嘲るように笑いながら言うマシュー。 マシュー「ふ・・君の言葉を返そうか。質問は一つずつにしてはどうか?高慢な エルフはそういう風には学んでこないか?まったく、高慢なだけの無能種族共と きたら・・・・」 シ・ゲル「く、くそ・・・っ!ならばこの呪文なら・・・・」 呪文を唱え始めるシ・ゲル シ・ゲルの手に魔力が集まり光が次第に大きくなる。 マシュー「ふ・・チャージなどさせるものか・・・」 煙を払うように手を払うマシュー。 その時。 シ・ゲル「な・・・・・魔法が・・」 そうだ。 まるで火を消すように魔法が消えていく。 集めたマジカが・・・霧散していったのだ。 ことここに至ってはシ・ゲルとて慄く他はなかった。 シ・ゲル「お、おのれ貴様ぁぁぁっ!私に何の恨みがある!?この高貴なエルフである私に!」 冷徹な眼でシ・ゲルを見ながら言うマシュー。 マシュー「いいだろう。面白い宴会芸を見せてくれた君の御遊戯に免じて答えてやろう。 一つ目だ。言っただろう?君には返さなければならない借りがある。我が半身とも 言えるメルダを惨殺した上、首を足蹴にするなど・・決して許すわけにはいかない」 冷徹な眼にかすかに浮かぶ怒りの色。 それは激しい怒り。 深く、激しく。魂の奥底から浮かび上がる怒り。 余りの激しい怒りは人をかえって無表情にするものだ。 パチン。左手で指を鳴らすマシュー。 バキバキバキバキ・・・ 嫌な音がする。 シ・ゲル「ぐ!ぐぁぁぁぁぁぁっ!き、貴様何をしたっ!?」 思わず左肩を抑えつつ悲鳴を上げるシ・ゲル。 マシュー「やれやれ。これだから無能は。質問の追加か。ちょっとしたお遊びだ。もう 君の左手は使い物にならん。なんせ骨がすべて粉々に砕けてしまっているからな」 肩を抑えながら憎憎しげにマシューを見るシ・ゲル。 シ・ゲル「く・・・」 まさにいつぞやの戦いが攻守逆転した形だ。 マシュー「次の回答だ。あの程度の迷宮や雑魚で私をどうにかできると思っていたのか? 以前の私とは違うのだ」 パチン。右手で指を鳴らすマシュー。 シ・ゲル「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」 左肩を抑えていた手が ぶらん と垂れ下がる。 マシュー「これで君の両手は使い物にならん。まぁ・・文字通り”粉”ごなになった骨を つなげられるとも思えんが」 怯えた眼でマシューを見つつ言うシ・ゲル。 シ・ゲル「な、なぶりものにするつもりか・・・貴様人としての情けは・・・」 マシュー「ないな。そんなもの。大体君が言える台詞か?それは。メルダの苦しみ、メルダの仇。 ゆっくりと復讐させていただく所存だ。楽に死ねると思うな。そうだな・・・定番では 次は足だろうが、こういうのはどうだ?」 マシューの目が一点に注がれる。 シ・ゲル「あぁあぁあぁぁぁっぁぁ!!!!!」 思わず仰向けに倒れるシ・ゲル。 声にならない叫びを上げるシ・ゲル。 マシュー「これで君も宦官の仲間入りというわけだ。もっとも両手が使い物にならないんでは 役に立ちそうもないが」 痛みと恐怖で涙目で言うシ・ゲル。 シ・ゲル「わ、私を殺しても・・神の復活はとめられん!それに私の後を継ぐ者は必ずいる! エルフの真なる解放を望むものはたくさん・・・」 マシューが手を横に払う。 シ・ゲルの叫びが響き渡る。 マシュー「まぁ定番だな。これで君の四肢は使い物にならなくなったわけだ。おっと。楽に気絶など して安楽な道に逃げられても困るのでね。逃げ道は塞がせてもらった。気絶なぞさせん」 シ・ゲル「お、おのれぇぇぇぇ・・・・・ひ、一思いに殺せ!」 懇願・・でもなかろうが・・・そうやって叫ぶのが今のシ・ゲルにとって精一杯だった。 マシュー「さて、次はどうしようか・・・ああ、君と同じにされては困る。私はそこまで悪人ではない。 ”殺しはしないさ”そんな簡単に安息を得られても困るのでな」 シ・ゲル「外道め・・・」 ふ・・・ニヤリと笑ってマシューは言う。 マシュー「まさか君にその言葉を言われるとは。そっくり返したいところだがいい響きだ。頂いて おこう。そうそう、最後の質問に答えねばならなかったな」 シ・ゲル「・・・」 マシュー「高位の呪文だかなんだか知らんが人の世の呪文なぞ私には効かん。私にも ”神の加護”があるのだ」 思いも寄らぬこの発言にはさすがのシ・ゲルも問わざるを得なかった。 シ・ゲル「神・・だと・・・貴様何を召還した・・・っ!?」 そんなシ・ゲルを意にも介さず言うマシュー。 マシュー「最も召還されただけで、封印が無くなった訳じゃないからな。いずれ力も衰える だろうが、今の君を相手にするには十分だ。そうそう・・・何を召還したと言われても 困ってしまう。そもそも召還したのは君自身だろう?私は何も召還しておらん」 シ・ゲル「な・・・なん・・だと・・・貴様は一体・・・?」 このセリフに想像がついたのだろうか・・・顔面蒼白になるシ・ゲル。 マシュー「そう大仰に構えられても困る。千の無貌の一面。それにすぎん」 シ・ゲル「そうか神の加護とは・・まさか貴様神と契約したのではなく・・・」 どうやら自分がとんでもない存在を相手にしている事に気づきだしたシ・ゲル。 マシュー「君の望む神の復活は果たした。一部分だがな。ちゃんと君の理想通りになったと 言うわけだ。覚えていないのか?」 シ・ゲル「な・・・何を・・・」 マシュー「私は問わなかったか?”神を召還するとどういうことになるか”と。こういう結果に なるのだ」 シ・ゲル「く・・・貴様が正しかったとでもいうか・・」 顎に手をあて考えるように言うマシュー。 マシュー「さて、こうなってしまっては正しいとも誤っているとも言えん。ふむ・・・面白い命題だ。 うむ・・実に興味深い。これはそのような考察を与えてくれた君に礼をしないとな。 それにそろそろ飽いてきた」 一瞬マシューの目が鋭くなる。 シ・ゲル「!!!!!!!!!!!!!」 最早悲鳴とすら聞き取れない絶叫を上げるシ・ゲル マシュー「茶番は終わりだ。文字通り化けの皮を剥いでやったぞ。さて、先ほどの報酬の 件だがね。たかが一側面に過ぎない私にはたいしたことはできないのだが、今なら 君に数千年の寿命を与えることができる。それを差し上げようじゃないか。 それなら約束どおり、殺さないで済むだろう? 誰でもが望む長寿が今君の物になるのだ。喜びたまえ」 泡を吹くシ・ゲル。 それはそうだろう。四肢、男性の大事な部分を破壊された上、文字通り全身皮を はがれた真っ赤な姿で転がっているのだから。 その想像を絶する苦痛の中、マシュー声は届いているのだろうか・・・ マシュー「もっとも、傷が癒える事もないし、発狂だの狂気に逃げ込むことも許さん。 気を失うことすらさせん。 その姿のままそこに転がって数千年の飢えと乾きと苦痛に苛まれつづけろ。 誰も来れぬようこの遺跡も封印する。 それがメルダを殺めた貴様への礼だ」 そういうときびすを返すマシュー。 マシュー「そうそう。忘れていたよ。心配するな。苦痛を感じるのは君だけじゃない。 君達腐ったエルフは根こそぎこの世界から消滅させてやる。もっとも・・・・ 君のおかげで大分力を使いすぎた。時間はかかるだろうが」 そういうと挨拶のように手を上げるマシュー。 マシュー「それではアディオスだ。精々解けぬ悪夢を楽しむがいい・・・・」 -------------------------------------------------------------- Part6(Final)に続く
-------------------------------------------------------------- マシュー(ここは・・・・どこだ・・・・) 体が動かせない。指一つ、目も動かせない。闇の中のようであり、また目もくらむ光の中にもいるようだ。 マシュー(俺は・・・どうなった・・・・そうだ・・・メルダの遺体を見て・・・それから・・・) 思いをめぐらすマシュー。 マシュー(ああ。そうだったな・・・何も考えられなかった。頭の中が真っ白で・・・何か斬られたようでも あったが・・・・そうか・・・俺は死んだのか・・・これであいつの所にいけるな・・・・) ある意味諦観であり、ある意味安息であろう。彼は死を受け入れようとしていた。 その時 声「おやおや。残念だけどそうは行かないかもしれないねぇ・・・」 クスクスと笑うように声は告げる。 女の声だ。 といっても少女ではない。 若い・・・どこか妖艶であり、どこか人をあざ笑うような声。 マシュー(だれだ・・・・) 声「誰でもかまわないさ。誰でもあり、誰でもない」 マシュー(からかっているのか・・・・それにここは・・・ふ・・・どうせ死ぬんだ。あまり意味はないか・・・) 声「死んじゃぁいないさ。でも生きてもいない」 生でもなく死でもない・・・ その奇妙なたとえに思わず聞き返すマシュー。 マシュー(なん・・・だと・・?どういうことだ・・・) 諭すように。どこか嘲笑うかのような自虐にもにた調子で続ける声。 声「僕にとっては時間も空間も意味を持たない。あらゆる場所にいて、同時にいない。 あらゆる時間にいて、同時にいない。そんなたわいもない存在だよ」 マシュー(そんな存在が何の用だ・・・さっさと済ませてくれないか・・俺はあいつの元に・・・・) 声「ここは僕のちょっとした領域の一つさ。君にちょっとお願いがあってね」 マシュー(は。生きてるか死んでいるか分らない奴にお願いだと?) 声「このまま元の世界に戻れば君は間違いなく死ぬ。そして最愛の人の下に旅立てるだろうねぇ・・・」 マシュー(それでいいじゃないか・・・あいつがいない世界なんて・・どうでもいい) すでに最愛の人はこの世になく、マシューにとっては現世なぞどうでもいいことであった。 声「でも、このまま終わらせていいのかい?あの男は憎くないのかい?」 マシュー(どの道死ぬんだろう?なにが出来るってんだ・・・) 声「僕が力を貸せば君は元の世界で蘇ることも出来る。あの男に復讐することだって出来るんだ・・」 挑発的な・・・いや、どこか人を扇動し動かそうとするような声。 あからさまに姦計をにおわす声。 それでもなお、その問いかけはマシューの心に響いた。 マシュー(・・・・どこの誰か分らない奴に手を貸せと?) 声「何者かって?あはは。好きに読んでくれればいいよ。無貌の神、暗黒神、燃える三眼、這い寄る混沌。 あるいは、夜に吠ゆるもの。何とでも」 マシュー(邪神か・・・どうせこんなとこに出てくるんだ。ロクなもんじゃねぇと思ってたが・・・何をさせたい) 声に困ったような・・苦笑する様子が伺える。 声「いやぁ召還かかっちゃって。となると顕現しないわけにはいかない。だからといって召還されて言いように されるなんて神の沽券にかかわるからさ」 マシュー(それで蘇らせて何処の誰か知らんが馬鹿な召還者を倒せってか。それでこんなとこに呼び出したのか。 結果は知ってるだろ?俺に何ができる) 一体何をさせたいのか?いぶかしむような調子で言うマシュー。 声「人の身であればね。でも顕現が君だったら?僕と・・・」 マシュー(僕と契約して邪神になってよ。とでも言うつもりか?大体召還されてるんだろうが。それに俺が 顕現になってどうする。召還されたのはあんただろうが) そうだ。マシューが顕現するという事はマシューが邪神である事を意味する。 であればこの問いかけに何の意味があろうか? だがそんな問いかけに事も無げに言い放つ声。 声「問題はないよ。千の無貌とも呼ばれてるんだ。千の顕現の一つが君だったってだけだ」 マシュー(・・・・いいだろう。あのクソったれなエルフ共を・・あのクソ茶色なシ・ゲルさえ潰せるなら、 相手が悪魔だろうが邪神だろうがかまうものか。俺の魂ごとくれてやる) 声「決まりだね。次に目覚めた時から君は僕の一部。千の無貌の一側面となるんだ・・・・」 -------------------------------------------------------------- ゆっくりと立ち上がるマシュー。 だがその顔は余りに暗い。 どこか垢抜けた・・どこか陽気で気さくだった雰囲気は微塵も感じられない。 濃い闇を見にまとい。眼光すら鋭いものに変わっている。 何があったというのだろうか。すっかり髪の色も抜け落ちて銀髪へと変わり果ててしまっている。 ニヤリ。 マシューはほくそ笑んだ。 そして忽然と姿を消した。 -------------------------------------------------------------- 「うわぁぁぁぁぁっ」 「な、何者だ!?」 「つ、強い・・・・いったい何者なんだ!?奴は!」 「たかが劣等種族がこれほどの・・・」 阿鼻叫喚の叫びが木霊する。 あのエルフ達に明らかに走る怯えの色。 いやこれは・・・怯えというレベルではないだろう。 ”恐怖” まさに彼らは恐怖を感じていた。 眼前に無防備に経つ銀髪の男に。 獲物すら持ってはいない。 だが、その両手は真っ赤に染まり、血が滴り落ちている。 両手・・・そうだ。両手だ。 剣や斧といった獲物さえ持ってはいない。 見れば足元に何人ものエルフの亡骸が転がっている。 怯え、恐怖の目でマシューを見るエルフの生き残り達にマシューは静かに言い放った。 マシュー「お祈りでもしろ。きさまたちは生きては返さない。私は生まれてはじめて よろこんで人を殺す・・・」 -------------------------------------------------------------- Part5に続く